3月22日の言葉
質問について
良く考えてない人に限って
生きる意味は?
人生の目的は?
と哲学的な質問をする
良く考えている人は
具体的な質問をする
質問には3つの要素がある
一つは
自分ではわからないから聞く
一つは
自分なりに理解できたが
確認のために聞く
私が上質だと思う質問は
自分では十分理解できているが
周りの質問が出来ない人のために
代わりにわかりやすく質問して
周りの質問の仕方や
質問がなかなか積極的にできない
学友のために
師から答えを引き出す
又は重要なことは
師から別の角度から
説明を受ける教室環境を
創ることが出来る
質問が上質な質問である
自分だけわかって
それでよいと思うか
自分だけでなく
周りの学友のために
みんなで正しく確認しながら
学ぶ環境つくりを
いつも意識して学んで聞く姿勢が
みんなのためにする質問である
みんなのためにする質問は
教授者の話す内容を注意深く
聞いていないとできないのである
一番欲良くないのは
わかったつもりで
確認しないことである
質問は受け身の教育ではない
質問はいかようでも自分やそこにいる
学友の大切な時間を有効に使うことが出来る
質問は問題を
「問う」「質の」良さで価値が決まる
あなたの日々の学びは
あなたの積極的な質問できまる
私は日本の伝統的座学教育の
先生から生徒に一方通行の教え
先生が言ったことが
絶対と教え込ませる教育は
私は好まない
アクティブに意見を交流し議論し
そこから生まれる発想を重視し様々な
角度から先生も
生徒も自分の持てる
知識や発想や意見を
やり取りできる環境が
教育現場だと思います
仁徳育成塾はそんな塾生で
いっぱいにしたい
知識の吸収のだけほしい
人はネット情報で充分である
独学で自分の学力の範囲内で
楽しく学ぶのも良いでしょう
自分の判断で選択すればよい
情報の正当性は自己責任である
人と人との交流の場の教育は
情報の伝達のみに非ず
心の交流、命の交流、希望の交流、
夢の交流、喜びの交流、幸せの交流なのです
「仁」=思いやりの心
「徳」=人間性の価値
私は大事にしていきたい
私は生徒さんたちの質問が
私の元氣の源泉であり
私の生きがいの糧である
質問のない人
質問が浮かばない人は
「質問が浮かばないですが、
どうしたら浮かびますか?」と
質問すればよい
その質問に答えることが
教える側の使命である
わからないことの
そのままにしない
わからないことは
わかる人に質問しよう
答えられない人は
悪い人ではない
知らないだけである
その人もわからないだけである
その人も誰かに質問すれば良いことである
質問は幸せのへの第一歩
自分の幸せは自分で掴みに行こう
今日一日あなたが幸せに向かって
何歩歩めるか
私は楽しみにしています
今日も上質な質問と
学びの真心を持った生徒が集まる
なんと喜ばしいことか
私も師について日々学び
質問を受けていただいている
実践あるのみ
空論や理想を並べても
実績が伴わなければ
やがて衰退する
成長はそこで止まる
先生と師の違い
学びの本質と
学びの継続の意味はまた後日
お伝えしよう
感謝 感謝 感謝
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